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Posted on December 15,2017

#4

1960年、中学生になった時、プラモデルブームの到来です。お小遣いも少し増えて殆んど全部つぎ込みました。
近所の文具店駄菓子屋では小さな安いのを、雑誌の広告で見つけた模型屋へ江古田、阿佐ヶ谷と自転車で繰り出したのです。
 音楽に目覚めるのはもう少し後です。

 おなじみプラモデルのパイオニア、「マルサン」「日模」「三共」「三和」「LS」と雪崩を打って登場しましたね。
写真のは当然全部あとからオークションでゲットしたものです。
 ニチモのゴム動力のイ号潜水艦、本当は胴体の下に鉛の重りとスクリューがあって自動浮沈式でした。日本国中の側や池に相当沈没しているはずですね。1・70のゼロ戦は比較的最近まで入手が楽でこれは懐かしくて適当にエイやっと組んだもの、ちょっとおデブの52型ですね。
 パットン戦車と1・35のデカいゼロ戦、相当ラフなパーツですけれど当時皆の憧れでした。戦車は当然モーターで動いて弾も発射できました。
まあおもちゃを自分で作っているようなものでしたね。

投稿日時 12月 15,2017 金 10:29 AM | 投稿者 夢弦堂 | コメント(0) »

Posted on December 13,2017

#3

 木製「宗谷」の組み立て方の記事です。昨日の投稿の広告が載っていた1958年の「模型とラジオ」です。
当時のキットの組み立て図は単に部品今のプラモデルのようにしっかり順番を追って親切丁寧に書かれてはいませんでしたから
このような実際の手順と方法を書いた記事は大変参考になりました。
 写真のキットは後でプラモデルで有名になったLSというメーカーです。

ちなみに私はこの「宗谷」を模型屋さんで作りかけ途中のを見て欲しくなったのですがキットを手に入れることはできなくて、やっと手に入れたのがほぼ20年くらい前、それ以来いろいろな木製宗谷を探し出してはコレクションしているのです。
左下の宗谷、キットが同じようなのが二つありますが、後部のヘリコプターデッキを改装する前と後の違う形式のモデルなのですよ。

投稿日時 12月 13,2017 水 12:03 PM | 投稿者 夢弦堂 | コメント(0) »

Posted on December 12,2017

その2

 昭和30年代の木製模型キットです。小学生の私に作れたのは車ではトラック、鉄道物ではトロッコ、とカーブの少なくて
安い物。船は胴体の接着さえこなせば積み木のような感じでなんとかできました。写真の物は後になってオークションでゲットしたものです。
 船の広告は1958年の「模型とラジオ」このなかで「いかづち」と「くま」を作りました。とってもマニアックなアイテムですけれど
当時は新造船でしたから模型になったのでしょうね。小学5年、6年生の時だったと思います。ちゃんとモーターも積みましたよ。

 一番よく覚えているのが「子供の科学」の1960年の冬休みの宿題でこの記事をもとにして細材を切ってクレーンを作って持っていきました。
流石にプーリーで回転する機構は穴が開けられなかったのでそのままの固定で電磁石で吊り上げるのではなく釘でフックを作って糸巻きにしましたけれど。
 いまじゃ電動工具を使ってもいちいちこんな違うサイズの木片を斜めに切って接着するなんて作業、とてもじゃないけれどやる気がおこりません。集中力がすごかったんですね。
 プラモデルも出だしてはいたのですがまだ身の回りにはやってきてはいませんでした。

 白内障の手術は両目が終わって本日目出度く眼帯が取れました。今までとは全くの別世界で退色したピンボケカラーから一挙に鮮明ハイビジョンの世界です。なかなかの感動です。但しまだ細かい字などを長時間見る作業と埃、チリは避けなけれいけないのでパソコンのこれぐらいのキーボード打ちでやめておきます。

投稿日時 12月 12,2017 火 11:45 AM | 投稿者 夢弦堂 | コメント(0) »

Posted on December 09,2017

番外編

 白内障の手術で制作は中断中ですので、少し脇道へ。
私の物作り遍歴です。子供の頃父親が日曜大工が好きだったというより、物のない時代に必要に迫られての手仕事だったのでしょうね。
家には大工道具がけっこうありましたそれを使って模型好きの5歳上の隣のいとこの影響で作りだしたのです。
 当時は素材は殆ど木でした。それを9、10歳の子供が作るには相当な無理がありました。写真は父親の使っていたノミと昭和30年台の
飛行機のキットです。鉛の鋳物のちゃんとした形のプロペラにものすごく感激していたのを思い出します。
 子供の手で胴体を丸めたり翼を薄くすることはほとんど不可能で、かろうじて翼の付け根を胴体の合わせ目の断面に削って無理やり押し込んで
それらしい形にするのが精いっぱいでした。
 塗装は「豆ラッカー」なるものが売っていたので一応塗ったのですが、シンナーの存在を知らなかったので、べとべとの濃い、水あめの様な
塗料を筆で塗って、おしまい。でも自分で塗る銀塗料はなんだか少し偉くなった気であのツンとした匂いも単におもちゃで遊んでいるんじゃないぞという、別世界気分を味わえたのでした。

写真は当時の模型とノミ。多分1/70位で幅15センチくらいです。
ノミは使い込んであってもう少し研磨すると刃がなくなってしまいそうです。

投稿日時 12月 09,2017 土 9:59 AM | 投稿者 夢弦堂 | コメント(0) »

Posted on December 06,2017

さてこれは?

 左目、手術後三日目です。
昨日検査で包帯がとれたのでパソコンもちょっとだけならよいだろうと、、、
写真は自家製のスプルース材の杖、眼鏡ナシで片目だけでの歩行は流石に遠近感がないので
怖い。特に電車からホームへ降りる時が!
 昨日行く前に慌てて仕上げました。後で娘にお遍路さんみたいね、私のがあったのに、といわれてしまいました。
フットサルで足をくじいた時に使っていたのを思い出しました!
でも私はこれを使います。音がカランと良いのです。
明日又検査です。

投稿日時 12月 06,2017 水 9:00 AM | 投稿者 夢弦堂 | コメント(0) »

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